人生は戦いだ

アラサー元公務員が、再び公務員をめざすブログです

女芸人と女友達の話

 

女芸人をみて不思議に思うこと。

 
私は女だから女芸人が好きです。
 
やっぱりなんだかんだいって(?)同性に共感するし、同性だからこそ応援したくなるしファンになるみたいなことも多いと思う。
まして、女芸人なんかは男性のファンよりか女性からの支持が高いんじゃないかなと思う。それは、なんか勇気をもらえるから。
 
女芸人はブスデデブデモテナイ!みたいな三拍子そろってます。みたいな売り方をしてる人も中にはいる。
 
そんな女芸人を見てて、何がいいかって勇気がもらえるところ。あんなんでもがんばってるしがんばろってなる。体張ってたりして、素直におもしろくもある。
 
女芸人をみて、時折思うのは、なぜあそこまでピーターパンなのか。ということです。
 
例えば、男性経験が浅かったりして、モテない女芸人がいるとします。しかし、何故だか自信満々で女としての魅力ありますよみたいな。「だって私の裸みたら興奮するでしょ?」みたいな上から目線。しかも、ネタじゃなくがちで言ってる。男の「おまえの裸なんか見たきゃねーよ!」という心の声を聞こうとしない。男の苦笑い苦笑を見逃してる。いや、今まで聞き過ぎて、無意識にシャットダウンしてるのかはわかりませんが。
 
私でいうと、自己肯定感が低すぎるんですが、例えば、学生時代の居酒屋のバイト実体験でいうと、Tシャツで前かがみになって胸の谷間(そんなに無いけど)がもろ見えてしまったりしたら、その先におじさんがいて、「あぁすみません。(汚いものお見せして。という意味で)」と謝ったのですが、酔っ払ったおじさんは「あぁいいよいいよむしろグフフ」みたいな感じだった気がする。そんなときでさえ謙遜してしまう私。
 
ほかにも、女芸人をみてたまに感じる違和感について具体例をあげたかったけれど、今は思いつかない。・・・
 
私はここに女芸人(一部)に違和感を覚えるのです。
 
いや、今あげたのはほんの一例ですが、現実を知らない、自信を持っているからこそ、その自信が間違った方向にいってはいないかということなのです。
 
 
私の友達にもピーターパンの女性がいて、ずーっと好きだった幼なじみと久しぶりに連絡をとり、うれしそうにしている。その幼なじみには彼女がいる。でも、幼なじみは飲みに誘ってくれたりしてくれる。そんな幼なじみに心奪われた友達は、付き合えるんじゃないか、私のこと好きなんじゃないか、と恋の駆け引きみたいなことを相談してくる。ある日、友達は、私に、「もう彼氏作ってからじゃないと幼なじみに会えない」と言った。私は率直に友達にいった。「幼なじみ君はただ幼なじみと遊んだり昔話をしたかっただけであって、君のことを異性として見ていないし、君に彼氏がいようがいまいが、そんなことはこれっぽっちも気にしていないと思うよ」・・・・
 
酷だけれど、これ以上実らない恋に心躍らせている友達がかわいそうだ、さっさと見切りをつけて次にいくべきだと思ったので、また、ピーターパンに現実を突き詰めるいい機会だと思ったので言った(私は自分にも人にも厳しいようだ・・)。ピーターパンは、結局、私のいってることが理解出来なかったらしく、まだ、幼なじみ君と付き合える可能性があると信じて疑わないらしく、納得してもらえず、結局彼女はその日はピーターパンの国に帰っていった。
 
その友達に感じる性格としては、誰に対しても平等に接する、裏表がない、いつもすである。偽ることを知らない、純粋すぎる。純粋すぎるとは、時に残酷なんだと、そのときに思ったのです。
おんなじともだちと、合コンの場で、友達のいつものすで変な発言をするスタイルを変えてないのをみて、大物現る!と思ったのです。女子をアピールしない。ゼロ。いい意味でも悪い意味でもいつも通り。そのときもまた、純粋すぎるというのも酷だなと思ったのです。
 
同様のことを女芸人にも感じることがあるのです。別に性的なことや異性間で言えることだけでなく、現実を知らないことで、またみようとしないことで、おそらく間違った方向にむかってるのでは?と感じざるを得ないのです。(女芸人に感じるのは異性間での出来事についてがほぼかな)
 
そりゃあテレビの世界で生き残るには、自信と自信と自信が必要でしょう。ただ、自信を持ちすぎてそれがあらぬ方向にいってるとしたら、それは、あまりにも純粋で、また過酷なことだと思うのです。
 

 

加筆訂正しなきゃな乱文になりました。