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人生は戦いだ

アラサー元公務員が、再び公務員をめざすブログです

奨学金さえなければなあ。と思う

奨学金があるから、正社員につかなければなあと思う。

社会人四年目、現在、契約社員。なんやかんやあったとはいえ、その敷かれたレールを降りてしまった、実家にも頼れない、親しい友人恋人もいない、一人で生きていくことを決意してる私ですが、何度も思うことがあって、それは奨学金さえなければ、このままゆるーくいきていけるのにな。ということ。

もちろんいろんな焦りはあって、ふつうに新卒で民間でやめずに働いている友だちとはそれこそ経験値や成長度やコミュニケーション能力などあらゆる面でどんどん差が付いていって、天と地の差があるけれど、それは別に何の問題もないのであって、たまに会ってその違いを痛感させられるくらい。
新卒でおばちゃん上司にいビラれてた友だちが四年目ともなれば、いつのまにか新卒女子をいびる側になってた。のんびりやってきたことをそのときはっとさせられた。

私はと言うと、結果的に職を転々としてしまってて、そのときそのときで言えばそうするしかなかったけれど、ほんとにこれが私の望んでたことかときかれれば、全然違う。

これからどうしていくかというのは、定まっているけれど、つきまとうのはお金の不安。病気の不安。

26歳にもなれば結婚して子供を持つ同世代も多い。結婚はまだしも、子供を持つなんて選択肢私にはない。だって子どもなんか持ったら、私の奨学金誰が返済してくれるの?三百万四百万なんて、生涯でみれば、ほんの些細な一部のお金になるかもしれないけれど、月13万の手取りで暮らす私(これにバイト代五万が追加)が、月八千円、ボーナス月には八万円、これにかんして言えば、ボーナスがないのに返済できると思いますか。
は!奨学金制度がもしや少子化に貢献しているのでは!という仮説が成り立つ!?これは偏った志向で、奨学金返済しながらも慎ましく幸せに暮らしてる家庭もあると思うと、私の屈折した考えは一体どこからきたんだろー。やっぱり大学でて一度はきちんと就職したけども、結局貧乏の遺伝子からは抜け出せないんだよね。

奨学金は正社員になることを前提として返済制度が成り立っているのかも知れないけれど、今の時代、経済状況、正社員にならない、なれない新卒もいる。そうかんがえると奨学金制度は成り立ってなくないですか。
今の非正規社員がたくさんいるなかでも、日本は高等教育に対して費用を割かないんですか。

奨学金さえなければ、こんなにも焦燥感に駆られて生きなくてもいいのにな。私の親も無知なので、利息なしの奨学金があるということをしらべてくれなかった。あと、思い出せば高校の時の先生も第二種借りられるのなんか、学年で数人だよと取り合ってくれなかった気がする。不安定な身分になってからいろいろ思うことは、これじゃともだちなくすなーってこと(人とご飯いくお金さえ捻出したくない)と、心が狭くなったこと、いろんなことを他人のせいにする。その性質が強くなった。決して前からそうではなかった訳ではないけれど。

お酒のんでいろんなことを考えてしまったけど、気持ちよくなったところで、勉強再開(お酒のみながら勉強って。。。。)